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解脱

 『解脱』050426

 いろんな思いがある。
 いろんな立場や、置かれた環境、条件等の様々な思いがある。
 
 ここ数年体験した数々の困難の中で、わたしは自分を見失うまいと、強い流れの中を必死で踏ん張っていた。
 これだけは譲りたくない、わたしがわたしでなくなってしまうから、とまさに死に物狂いだった。
 でもどうやらそれは、わたしの頑固なまでの意固地さなのだ、と思い至った。
 実は、辛いという言葉で括られる一般的な出来事のせいにして、思い切り己を甘やかし逃避という真綿にくるまれていただけかもしれない、と……。

 別れた夫は、余命十ヶ月と告げられた。
 すでにそれを四ヶ月越え、ベッドの上で生きることに挑み続けている。
 そうすることが、元の家族に示す最大の愛情だと信じ、歯を食いしばっている。
 
 別れるまでの言うに言えないわたしの思い、数々の葛藤、そして苦渋の選択を経て、わたしは妻という座を降りた。
 もう子供を介さなければ、赤の他人ということになったのだ。
 ところが、別れて間もなく彼は発病し余命宣告を受けた。
 この時、わたしの中に様々な思いが交錯した。
 ずるいなーと心底思ったし、悔しかった。
 病気と知っていたなら離婚しなかったのか、夥しい数の自問自答を繰り返し、悩み苦しんだ。
 結論は、病気が離婚原因ではないのだから、わたしはわたしの人生を再選択し、子供の父親というスタンス以外では関わらない、とあらためて誓った。

 しかしながらここに来て、彼は弱気になった。
 闘病生活が、すでに耐え難い情況へと進んでいるのだろう。
 もう一度、元の家族に会いたいと長女を介してメールが入った。
 わたしは揺らいだ。このまま己の身体が溶けてしまえば良いと思った。 
 逃げ出したいとも、跡形もなくこの世から消えてしまいたい、とも。
 とにかく、膨大な時間をかけてやっと瘡蓋ができたのに、また一気にはがされて、元の木阿弥になってしまったような、そんな情けない気持ちに陥った。 
 
 でも、子供たちに諌められた。
 「好い加減にしなさい。もう少し大人になって、本当の意味で過去を清算しなければ、物事は何も前には進まないのだから……」、と。
 『負うた子に教えられ』、とはこういうことなのか。

 わたしは、別れた夫に会いに行くことを伝えた。
 「ありがとう。元気の源が欲しかったから本当に嬉しいです。本心は来たくない貴女の気持ちは察していますし、まして私が病気で弱っていなければ、来ることもなかっただろうと、何もかも重々承知しています。
  でも、今から連休をとても楽しみにしています。少しでも体調を整えて待っています」
 と、メールが返ってきた。 
 気持ちはすでに元には戻らないけれど、同じ時代を戦った戦士なのだ。
「もういいよ。すべて水に流すから、楽になれば」と言おうと思う。 
 この言葉を吐いた瞬間、彼もわたしも子供たちも、背負っていた重い荷物を下ろすことができる。
 そう思ったら身体中から何かが抜け落ちた。



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